【プロローグ】
真嗣(40代)は、会社員として働く平凡な夫でした。
妻の里沙(20代後半)と3年の恋愛を経て、晴れて結婚。2人の願いが叶い、里沙は妊娠しました。
真嗣は働きづめの毎日でしたが、家に帰れば里沙の妊婦姿に心和み、二人で赤ちゃんの名前を考えたりと、穏やかな日々が流れていました。
里沙は妊娠中期から体調を崩し始め、ストレスが蓄積していったようです。真嗣は里沙の立場に立って考えるのが下手だったのかもしれません。
仕事の愚痴や妻への些細な不満を漏らしてしまうことも。里沙は黙って聞いていましたが、心の中で孤独を感じていったに違いありません。
やがて里沙は出産を無事に乗り越え、女の子が生まれました。名前を「彩」と付けました。真嗣は父親になれた喜びで一杯でした。
しかし、里沙の産後うつが深刻化し、様子がおかしくなっていきます。乳児を抱いているのに不安そうな表情、休日も一日中家にこもり、夫の帰宅を無視するように…。真嗣は気づいていました。でも、適切な対処ができずにいました。
ある日の深夜、仕事から帰宅すると、家の中は静まり返っていました。玄関に里沙の靴がない。リビングを見渡すと、ダイニングテーブルに手紙がありました。
「この子は私一人で育てる。さよなら」
その言葉が重くのしかかりました…。
【真夜中の衝撃】
真嗣は手紙の文字を見つめ、暫く頭が真っ白になった。里沙と彩が家にいない。これは一体何事か。
真夜中に慌ててスマートフォンで里沙に電話をかけるが、つながらない。メッセージも何も返信がない。
家の中を慌しく見渡す。里沙と彩の私物が所々になく、服や小物が散らかっている。確かに二人はこの家から出て行ったらしい。
真嗣は冷や汗が出るほどの焦りに駆られた。無断で里沙が彩を連れ出した…つまり誘拐に当たるのではないか。心配となり、すぐに警察に通報した。
警察は真剣に事態を受け止め、早速里沙の行方を追跡し始めた。一方で、真嗣には産後うつか何かの精神的な問題が原因ではないかと指摘された。
一夜を明かし、真夜中を過ぎた頃、警察から連絡が入った。里沙と彩の二人は、里沙の実家に匿われていることが分かったという。
真嗣は安堵と怒り、そして深い落胆に打ちひしがれた。
妻が娘を連れ出し、家族に匿われている事実。それは産後うつによる一時的な心踏みちがいなのか、夫婦関係の決裂を意味するものなのか。
真嗣の人生は、この出来事をきっかけに、激しい転機を迎えることになる。
【絶望への第一歩】
数日後、真嗣は里沙の実家を訪ねた。里沙の両親は冷たい態度で、家に上げてくれなかった。
「里沙は産後うつで精神的に参っている。あなたに会わせるわけにはいかない」
真嗣は里沙に会わせろと食ってかかったが、里沙の父親に胸ぐらを掴まれた。彩の姿すら見ることはできなかった。
この日から、真嗣の人生は暗黒へと傾いていった。会社へも出勤できなくなり、休職を取らざるを得なくなった。
家に閉じこもり酒に溺れる日々が続く。夫婦仲が疎遠だったからか、妻の発狂を見過ごしていたからか。真嗣は後悔と自責の念に駆られた。
弁護士に相談すると、里沙の行為は「実母による親子実況監護」の適用があり、重大な犯罪には問えない可能性が高いと説明された。一方で、監護権を巡る裁判では有利に働くかもしれないと言う。
しかし、裁判を起こすにも多額の費用がかかる。真夜中に飲みすぎ気分転換に駆け出したこともあった。すれ違う若い家族を見れば、胸が潰れそうになった。
このまま人生が終わってしまうのではないか。そんな絶望感に真嗣は完全に打ちひしがれていった。たったひとりで娘を失い、愛する妻にも見放された。
【行き場を失った日々】
日に日に真嗣の精神状態は悪化していった。仕事を休職し、生活のリズムが乱れがちだった。
昼夜が逆転し、夜な夜な缶ビールを空けながら、テレビに恍惚とした表情でくぎ付けになることが多くなった。視線が遠くに遊離しがちで、心の中には常に里沙と彩の姿があった。
「お父さん、ごめんね」
生後半年の彩が語りかけてくる声すら聞こえた。涙が伏せられず、ついそのシーンで泣きじゃくってしまう。これでは自分は男でも夫でもない。役割を果たせていない。
里沙の実家に何度も足を運んだが、いつも冷たく拒絶された。法的措置をとっても、監護権を得られるかどうかは分からない。
真嗣は人生に絶望し、自殺を考えるようにもなった。この先生きていく意味がない。愛する家族との絆が断ち切られてしまった以上、孤独な日々が続くばかり。
そんな気持ちを抱えながら、夜の街を彷徨う時間が増えていった。酒に溺れ、目的もなく歩く。寝れば里沙と彩のことを夢に見る。目を覚ますと現実に生きるのが辛かった。
誰かの助けがないものだろうか。真嗣は心の底から助けを求めていたが、行き場がなくなっていた。
【光の射す瞬間】
そんな絶望的な日々が続く中、たまたま真嗣が通りがかった公園で、ある出来事が起きた。
幼い子供が転んで泣いているところを、真嗣は目撃した。しかし両親は気付かずスマホばかり見ている。その光景に衝撃を受けた真嗣は、つい立ち止まって子供のそばに駆け寄った。
「大丈夫?ケガはないかい?」と優しく声をかけながら子供をしょいた。
するとその子は驚いた表情から、徐々にニッコリ笑顔を見せた。両親に気付かれたことで、あわてて子供から離れたが、その瞬間、久しぶりに温かい気持ちで心が満たされた思いがした。
この出来事がきっかけとなり、真嗣の心の中に少しずつ変化が現れ始める。
自分には大切な家族がいた。たとえ里沙に拒絶されようと、自分には彩を見守る義務がある。
真嗣は弁護士に再び相談に行き、監護権を巡る裁判を本格的に検討し始めた。毎月の生活費を切り詰め、裁判費用を貯め始める。
社会に復帰すべく、仕事の休職手続きも進めた。生きる目標ができたことで、日々の生活にも少しずつ律儀になっていった。
家の掃除をしたり、食事の内容を見直したりと、自立への足がかりをつかむ。
このように、公園での一場面が、真嗣の心の中に小さな光を射し込んだのである。まだまだ長い裁判への道のりは続くが、希望への第一歩を踏み出したのだった。
【裁判への道のり】
真嗣は弁護士と綿密に打ち合わせを重ね、里沙と監護権をめぐる裁判の準備を進めていった。
弁護士からは、こうアドバイスされた。
「産後うつで一時的に判断力が低下した里沙の行為は、違法な監護権侵害とみなされる可能性が高い。しかし、母親優先の原則もあり、簡単には預かれないだろう。長期戦になる覚悟が必要だ」
裁判に勝ち抜くには、真嗣自身の”父としての資質”を立証することが何より重要とされた。父親の役割を果たしてきたかどうかが問われる。
そこで真嗣は、妻から連れ去られる前の育児参加記録を徹底的に集めた。妻の里沙からも、真嗣が十分な育児に携わっていたと証言してもらえるよう説得に回った。
一方で、自身の仕事の休職理由や生活の乱れについても、開示を求められた。酒浸りの生活ぶりは減点要因になりかねない。
弁護士への支払い、裁判の移動費用など、莫大な費用もかかった。真嗣は仕事に復帰し、二足のわらじで必死にお金を貯めた。それでも首が回らず、両親からも借金をする羽目になった。
時には精神的にもorthướcになり、自殺願望に駆られることも多々あった。しかし、娘に会えるかもしれないという希望を胸に、なんとか耐え抜いた。
そうして1年以上が過ぎ、いよいよ裁判の審理が始まろうとしていた。
【裁判の行方】
遂に裁判の審理が始まった。両親から借りた膨大な裁判費用は馬鹿になるかもしれないという不安があったが、真嗣は娘に会える日を噛みしめながら法廷に臨んだ。
冒頭、真嗣側の主張が述べられた。
「被告里沙の行為は違法な監護権侵害であり、産後うつが原因とはいえ、父親に娘を会わせない権利はない。実母による親子監護についても、常識を逸脱した行為と言わざるを得ない」
これに対し、里沙側は産後うつに対する正当な主張を展開した。
「里沙は出産後、メンタルを患っていた。そのため、一時的に適切な判断ができなかった。しかしその状態が改善された今、母子で生活を続けるのが子供の精神的利益に適う」
両者の主張は平行線を辿った。審理は紛糾を極め、証拠の文書提出や証人尋問が行われた。
真嗣は、里沙から「育児に協力的だった」と証言を得られたものの、酒浸りの生活ぶりが裁判官から指摘された。一時期の生活の乱れが懸念材料視されたのである。
一方で、里沙側は、怒りっぽい夫の精神的虐待を訴えた。確かに些細なことで喧嘩になることもあり、真嗣の暴言の記録すら裁判に提出された。
約半年に渡る裁判の熱戦が続いたのち、いよいよ判決が言い渡される運びとなった。判決の行方は混沌とし、真嗣の胸中は重かった。
【判決】
遂に判決の日を迎えた。法廷に入る際、真嗣の体は小刻みに震えていた。この1年半の人生がすべてここに懸かっている。
裁判官は冒頭、産後うつの定義と症状について詳しく説明した。続けて監護権に関する法的解釈を示し、具体的な判断基準を述べた。
「本件では、実母による一時的な監護権侵害があったことは否めない。しかしながら、乳児期に母子関係が絶たれることで受ける心理的ダメージも勘案せねばならない」
真嗣の体の 震え は止まらなかった。冷や汗が出る思いがした。そして遂に言渡しが下された。
「よって、本件につき、一時的な監護権制限を命じる。被告実母には週2回の面会交渉を認める。ただし、5年後を目処に、完全な共同監護権を移譲することを想定している」
つまり、真嗣は当面、娘と2回しか会えない。しかし将来的には共同で娘を育てられる可能性が残されたということだ。
真嗣は胸中複雑な思いだった。会えるだけでも有り難いと思う反面、週2回では物足りない気持ちもある。確かに涙は出たが、これで娘との絆が断ち切られるわけではなかった。
里沙側も 反論を控え、この判決を受け入れた。弁護人からは「今後の交渉次第で、状況は好転するだろう」と言われた。
裁判を経て、遂に真嗣には光が射し始めたのである。たとえわずかでも、家族の未来を取り戻す望みが湧いてきた。
【面会交渉の始まり】
判決から数週間後、真嗣は初めて1年半ぶりに娘の彩と対面することになった。
場所は裁判所内の面会室。真嗣が入室すると、そこには里沙が彩を抱いていた。1年半ぶりに見る娘の姿に、胸が熱くなった。
里沙は冷たい表情で真嗣を見つめていた。産後うつが完治したらしく、以前のような気難しい様子はなかったが、夫に対する拒絶感は拭えていないようだった。
真嗣は里沙を無視するように、ゆっくりと彩に近づいていった。すると彩は不安げな表情を見せた。まるで見知らぬ他人を見るような仕草だった。
「彩ちゃん、お父さんだよ。覚えてる?」
真嗣は声を穏やかにして呼びかけた。しかし彩は泣き出し、里沙にしがみついてしまった。
1年半もの間、娘に父親の存在を完全に否定されていたのだ。
その光景に真嗣は絶望感に打ちのめされそうになった。自分が父親だと認識されていない。これでは共同監護権など望むべくもない。
しかし、そこから1時間以上の時間をかけ、じっくり彩に働きかけ続けた。おもちゃで遊んだり、歌を歌ったり、抱っこをしてみたり。徐々に彩の表情は穏やかになっていった。
最後には、初めて彩の微笑を目にすることができた。1年半の歳月が馬鹿になるほど、嬉しくてたまらなかった。
この面会で、真嗣は娘との新たな絆を確信した。きっとこの先、共同監護権を得られる日が来るにちがいない。その目標に向かって、全力を尽くすつもりだった。
【共同監護権を目指して】
面会交渉を経て、真嗣の心に大きな熱い思いが芽生えた。それは、共同監護権を必ずゲットするという強い決意だった。
娘の成長する姿を、できる限り間近で見守りたい。父親として、しっかりと彩を育てたい。そうした思いが、強くなるほど強くなっていった。
まずは彩との絆を深めることから始めた。面会交渉の度に、工夫を凝らしてコミュニケーションを重ねた。彩が喜ぶおもちゃを用意したり、歌を一緒に歌ったりした。
対面前は不審がられることも多かったが、じっくり時間をかけて接し続けることで、徐々に彩の警戒心は解れていった。
また、里沙にも根気強く働きかけを続けた。元夫婦ではあるが、共に協力して娘の成長を見守ることが何より大切だと伝え続けた。
しかし、里沙の拒絶の態度は簡単には改まらなかった。産後うつ時の夫の無神経な言動が心に残っているらしく、なかなか共同監護には同意してくれない。
そこで真嗣は、再び裁判所を通じて、共同監護権の申請手続きを進めていった。弁護士とともに綿密な戦略を立て、有利になるよう環境を整えていった。
家の中を彩の成長に適した空間に改装し、仕事の環境も整備。休職していた会社にも復帰して、安定した収入を得られるようにした。
そうした努力の積み重ねが実り、ついに審理の運びとなった。5年の時を経て、真嗣は遂に共同監護権を得ることができたのである。
これで心置きなく娘の成長を見守れる。涙が込み上げてくるほど嬉しかった。家族の絆を取り戻せたのだ。
【新しい家族の形】
共同監護権を獲得してから、真嗣と里沙、そして彩の新しい家族の形が始まった。
物理的には別居ながらも、真嗣は決まった曜日に里沙の家で彩と過ごすようになった。お風呂に入れたり、宿題を手伝ったり、寝かしつけをしたりと、父親としての役割を存分に果たせるようになった。
最初のうちは里沙から冷たい視線を送られることもあったが、徐々に彼女も真嗣の成長を認めるようになった。
「あんたが変わったんだわ。じっくりと彩のことを考えられるようになった」
里沙はそう語った。産後うつ時の精神的ダメージは癒えていないようだったが、少なくとも真嗣に対する拒絶感は和らいでいった。
一方で彩は、父親の存在になれ親しんでいった。最初は怖がっていた父親を、今では心から慕うようになっていた。真嗣が帰宅する度に、彩は飛んできて抱きつく。そんな光景が日常的になっていった。
真嗣自身も、家族に囲まれる喜びを実感できるようになっていった。1人で家路を歩くことなく、誰かを待っている実感があった。仕事を離れられた頃の絶望感は、もはや覚えてすらいない。
そして、あるときフラッシュバックした。あの公園での一場面が、自分を変えた きっかけだったことを。あの時の小さな光を、決して忘れまいと心に誓った。